I don't think so !

じゃあ、お前はどう考えるのだ!

海王丸と富山湾の曇り空

問題丸投げのAI教徒たち

AIを導入すると新製品の開発や生産工程の合理化、効果的なマーケティング活動、有効な疾病治療や手術、引いてはヒット音楽や面白い番組制作ができるようになるらしい。セミナーなどで聞きかじった中小企業の経営者や管理者の間に、AI教の信者が激増している。

20数年前、パソコンが普及し始めたときと同じだ。パソコンを買えば何かできるかもしれない、という程度の期待感で買った人たちの多くは脱落した。少し頑張ってプログラミング教室に通った人たちも多くが脱落した。何人かにパソコン購入を相談されたが、何に使いたいのか聞いて、答えられなかった人たちには、やめておいた方が良いと助言したが、それでも相談に来た人たち全員が50万円以上も出してパソコンを買い、ものの見事に1年以内に全員が使わなくなった。

何かができるかもしれないというのは期待感であって目的ではない。目的を持たない人たちは何を買っても、何を使わせても役に立たない。プログラミングも同じだが、目的に加えて最低限の論理思考力がないと無理だ。

AIも同じで何十年も地道に合理化をやってきた会社の経営者や管理者が、AIを導入すれば従業員を半減できるなどと安直に考えるのであれば、単なるアホである。少なくともそう考える経営者や管理職を首にした方が会社は生き残れるだろう。

いま話題となっているAIは機械学習だ。膨大な対局を学習してプロ棋士や藤井4段に勝利する、あるいは膨大なネット上の画像と連動している文字を学習して、コンピュータにネコの写真を見せたら、ライオンでもチーターでもなく正確にネコと答える。これは確かに凄い技術だ。監視カメラの映像に人々の名前や経歴、ペットの飼い主が入るのも時間の問題だろう。

機械学習のAIは、タマゴッチやAIBOロールプレイングゲームと同じで育てることが必要だ。膨大なエサ(データ)を食わせ、経験(対戦)を積ませる。訓練するのだ。エサの食わせ方によって強くなったり、欠点を持ったりする。この調教師的な人材が機械学習によるAIの普及に欠かせなくなるはずだ。

一方、機械学習させなくても、あらじめ想定されるルールをインプットすることで済む分野も多い。不都合があればルールを追加する、あるいはルールの実行に必要なパラメータを調整する、せいぜいパラメータ調整を自動化する、これで済む分野の方が多いかもしれない。ある大手企業の生産管理担当者にAIについて聞いてみたら、「いや、うちの工場はいたるところにセンサーを配置して、ずっと前から、かなり自動化してますよ」との返事だった。そうだろうと思う。

大切なことは経営者や管理者が自社の業務に合った方法を見極めることだが、それができないアホな経営者や管理者が多いから、AIがとって変わろうとしているのかもしれない。

そういえば、大学を卒業してすぐに読んだP・F・ドラッカーの本に、「技術力で企業は差別化できない。なぜなら技術は金で買えるからだ」という一節があったのを、いまでも鮮明に覚えている。理系出身の技術教の信奉者だった私からすると衝撃的な言葉だった。しかし、その一方で、「そうかもね」と思ったことも覚えている。ドラッカーは金で買えないのは「人」であると言っていたのだが、それから40年たったいま、ドラッカーの言葉は、技術畑の私からすると常に正しかった。