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読書感想「閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済」(集英社新書・水野和夫著)

水野氏の本を読んだのは今回で3冊目である。「資本主義の終焉と歴史の危機」(集英社新書)、「株式会社の終焉」が私の読んだ前2冊。ちなみに私は「サラリーマンの終焉」を迎えている。

資本主義の興隆を歴史的に俯瞰し、イタリア→スペイン→オランダ→英国→米国と世界の中心的な役割を担ってきたヘゲモニー国家の遷移を捉え、資本主義が終焉するのだから株式会社も終焉し、さあ、これからどうなるのだ、どうするのだ、というのが今回の「閉じてゆく帝国」の著書だ。著書のタイトルだけからすると「資本主義の終焉」=「閉じてゆく帝国」のような印象になるのだが、帝国は資本主義以前からもあったわけだから、今回の著書のタイトルも「終焉後の21世紀経済」とでもしてくれれば、分かりやすかったかもしれない。 

それはさておき、水野氏の理論は単純明快だ。今回の著書でも要約を掲載してくれているので、水野氏の理論や主張をあらかじめ押さえておく必要はない(前作を読む必要はないと言っているわけではない)。

水野氏の理論のキーワードは利子率であり、利子率の意味を問うことが水野氏の主張の根底にある。日本の10年国債の利回りは1997年に2%を割り、2016年にはマイナス金利すら記録した。この超低金利状態が20年以上継続しているのは、人類史上初めての経験らしい。それまでの最長記録は16世紀のイタリアにさかのぼるというから、まさに日本は世界史的な未体験ゾーンをさまよっていることになる。

利子率は資本の利潤率と近似値であるから、超低金利状態とは資本主義がもやは投下する資本に見合った利潤を上げることができなくなったことを意味する。資本が資本の役割を果たせないということは、すなわち資本主義の終了である。それに連動して資本主義の発展を支えてきた株式会社も終了する。株式会社は利益を上げても、利益を資本として投資する先がなく、現在の日本企業のように内部留保として貯めこむだけの存在になる。そもそも利益は投資の結果なのだから、利益を上げることすらできなくなり、やがて配当期待の株主がいなくなり、株式会社は終焉を迎える、ということだ。少々不安を覚える主張だが、「サラリーマンの終焉」を迎えている私としては、「なんだ、オレと同じか」と考えれば、多少、気は休まる、というものだ。

次のキーワードは「蒐集」。収集と同じ意味だが、収集は戦後世代の漢字だ。人類は軍事力を駆使して鬼のような残虐さで土地や資源、人(奴隷)を蒐集、略奪して資本主義を発展させてきた。しかし資本主義はより効率的な蒐集、すなわち市場を通じた資本の蒐集に宗主替えした。

資本蒐集への宗主替えについて語られるキーワードが「実物投資空間」と「電子・金融空間」である。1970年代、米国で起きた構造変化が「電子・金融空間」への移行だ。ベトナム戦争の敗北で米国資本主義は「実物投資空間」での土地や資源の蒐集を放り出して「電子・金融空間」での資本の蒐集に宗主替えしたのだ。

しかしその宗主替えもグローバリゼーションの行き詰りにより終焉を迎えつつある。グローバリゼーションの行き詰まりは英国のブレグジットやトランプ大統領の誕生に見ることができる。結局は「実物投資空間」の現実空間も「電子・金融空間」の仮想空間もともに拡張の余地のない限界にきており、そのことを端的に証明しているのが、ゼロ金利ということだ。

これは近代西欧合理主義の「より速く、より遠く、より合理的に」というイデオロギーの終焉をも意味している。どのように終焉するのか。

まず、かつてのようなヘゲモニー国家はなくなる。だから、次は日本だ、中国だという話もない。世界はEU帝国、アメリカ金融・資本帝国、中華帝国ロシア帝国のように帝国の多極化状態になる。しかも各帝国はせいぜい周辺国を巻き込んだ程度の帝国にしかならず、アンチグローバリゼーションの内向き志向となるのだ。スターウォーズに登場するような全宇宙の支配を目論む強力な銀河帝国ではなく、かなりしょぼくれた地域帝国だ。著書のタイトルである「閉じてゆく帝国」とはそのことだ。「帝国」も水野氏が使用するキーワードで「海の帝国」「陸の帝国」(カール・シュミット)という言葉が頻繁に登場する。   

なるほどと思ったのは中華帝国だ。中国の「一帯一路」政策は中東地域やEU帝国、アフリカ大陸に激突して、あえなく沈没し、過剰な設備投資によってバブルも崩壊する。結果的に、新興国や先進国を巻き込んだ「世界的デフレが半永続的に進行する」という予測だ。ということは将来インフレになるかもしれない、アベノミクスもインフレを目指している、だから退職金が目減りしないように株式投資や外貨投資、投資信託などが必要だ、という銀行や証券会社の口車に乗る必要もなければ、「実物資産の金」のCMに思い悩む必要もない、ということだ。サラリーマンの終焉を迎えつつある私にとっては、一つ心配事が減った気分だ。

さて、水野氏はどのような21世紀経済を予測し、どのような処方箋を提示するのか。「ポスト近代システムは、一定の経済圏で自給体制をつくり、その外に富(資本)や財が出ていかないようにすることが必要」だとする。「閉じてゆく」とことが不可欠になる、というのだ。グローバリゼーションの問題が数多く指摘され、日本やドイツがゼロ金利になっていること自体が、その必要性を既に証明している。

東芝フォルクスワーゲンなど大手企業もさらなる成長を続けようとするなら、不正するしか方法は残っておらず、国家内で政権を維持しようとするなら、アベノミクスやトランプ的な成長路線の幻想やウソを振りまくしかない。ゼロ金利なのだから、所詮、成長やアメリカのグレートアゲインは無理な話なのだ。

「閉じてゆく」帝国で、若干、優位にたっているのは、外に出ていくしか能のない「海の帝国」である米国金融・資本帝国ではなく、EU帝国、中華帝国ロシア帝国の「閉じた陸の帝国」だと水野氏はみる。「閉じた経済圏」で市場経済の再構築が可能なのは「陸の帝国」だというのだ。もちろん米国がメキシコとの間に壁をつくらず、世界の警察官も放棄して沖縄の米軍基地を撤収し、北米大陸南米大陸とで地域帝国を目指すのであれば話は別だが、それは無理そうだな、とやはり思ってしまう。

そのような米国にこれまでと同じように、ただ追随するのは愚の骨頂であると水野氏は断じ、日本は日本なりの「地域帝国」のビジョンを描くことが重要だと説く。1980年代後半、ドイツはボロボロの東ドイツを抱え、「欧州の病人」とまで揶揄されながらも、かつて戦争をした国々、すなわちヨーロッパ諸国をまとめる方向に大きく舵を切り、何だかんだと言われ続けながらEU帝国の中心的地位を占めるに至っている。一方、日本はアジア通貨危機があったにもかかわらずチャンスを逸し、現在に至っている。国家戦略の違いだ。しかし日本は今後とも「地域帝国」のビジョンを描き続け、そのための準備をすべきだという。準備とは、

財政均衡

再生可能エネルギーへの転換

地方分権の推進

である。いずれも「閉じてゆく」ためには欠かせない準備だというのだ。確かに財政赤字の海外依存比率の増加は将来的な財の流出につながるだろうし、日本のエネルギーや食料政策は自給率を見るまでもなくグローバリゼーションを前提としている。地方を強化しなければ、東京だけでは「閉じてゆく」こともできない。

もしくは「EUに毎年加盟申請をする」ことを水野氏はまじめに提案する。日本は過去においてはチャンスを逸し、現在においては①~③とは真逆の方向に進んでいるようだ。地方分権を声高に叫んでいる人たちからは集権的強権的な匂いしか漂ってこないし、現実的には、四国での獣医学部新設を国家が主導してもめている程度だから、地方分権は何も進んでないように思える。自ら「閉じてゆく」ことができないのであれば、他力本願しかない。その場合はEU帝国に属し、メルケル首相に知恵を借りようというのだ。目からウロコの発想だ。これは凄い。

「資源争奪の戦争が起こる前に、各国が自国の生存にのみ興味を払う主権国家システム」を脱し、「閉じた帝国」を目指す。私個人としては世界は戦争資本主義(破壊それだけを目的とした資本主義)に突入するのではないかと思っているのだが、水野氏は世界的な規模での戦争を起こさないためにも「閉じよ」、やっかいな主権国家システムを放棄せよ、と言っているのかもしれない。

成長ではなく「閉じた定常状態」を目指すのが水野氏の処方箋なのだが、水野氏らしい地味な処方箋だ。私の老後の人生そのものだ。「外にお金が出ていかないように閉じて生きてゆく」だけだ。「よりゆっくりと、より身近な範囲で、より不器用に」生きてゆくだけだ。ウォシュレットのない海外には行かず、国内旅行で十分だ。

政治や経済の世界では特効薬もウルトラC技もないのは、考えてみれば、ごく当たり前のことだろう。当たり前のことだが、特効薬やウルトラC技を求めるのが主権国家の国民であり、その類の怪しいウソに乗るのも国民である。主権国家システムを捨てなければならないのも国民である。

難しい問題だ。