I don't think so !

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海王丸と富山湾の曇り空

24年も完成が遅れている核燃料の再処理工場は永遠に稼働しない!

7500億円を1年で使い切る工事計画は始めらからデタラメ

以前のブログで青森県六ケ所村で建設が進められている再処理工場について、来年上期の稼働予定はあり得ないだろうと指摘したが、案の定である。

「29日、青森市で開かれた会見で、日本原燃の工藤健二社長は・・・これまでに23回延期している工場の完成時期について、現在、目標としている来年度上期は厳しい、という見方を初めて示しました。再処理工場は、原発から出る使用済み核燃料を化学的に処理してプルトニウムウランを取り出し、再び燃料として使う「核燃料サイクル」の中核施設で当初、平成9年の完成を目指していましたが、相次ぐトラブルで着工から24年たった現在も本格稼働できない状態となっています。」(NHK NEWS WEB 2017年9月29日)。

今年の7月に建設費がいつの間にか7500億円増額されているのが発覚し、それでいて来年度上期の完成予定としているのだから、1年間で7500億円を使い切る工事とは一体何なのか、それはあり得ないだろう、とブログに書いたのだ。そんな素人の私でも分かるような当たり前のことが原子力村では通じないらしい。

日本原燃、電力会社、原発関連企業、長年原発を推進してきた自民党を中心とする原発推進族議員などで構成される「原子力村」が税金や電力料金を湯水のようにジャブジャブと引き出し、群がっている構図が再処理工場の建設に見て取ることができる気がする。何兆円を投じても、24年経っても完成しないのだから、そう言われても当然のことだ。一体全体、そのことに対して責任をとった人間はいるのだろうか。国民に対して説明責任を果たした政治家はいるのだろうか。

技術的にも地震大国日本で、1滴の放射能汚染水も漏らしてはならない巨大施設の建設など、そもそも不可能な話だ。だから日本の高度な建築技術と潤沢な資金をもってしても完成できないのだ。再処理工場や福島原発の工事は水漏れとの戦いの連続であることは、そのことを何よりも証明している。

小池新党の「2030年・原発ゼロ」方針と自民党の「安倍総理も将来的には原発に依存しない方針」の詭弁はまったく天と地の開きがある

小池都知事が華々しく打ち上げだ「原発ゼロ」政策。しかし希望の党の綱領から脱落し、雲行きが怪しくなってきた。それを昨日(10月1日)のNHK日曜討論で司会者に指摘されると若狭氏は原発ゼロの方針は堅持する旨を明確に述べた。それに対して自民党の塩谷選挙対策委員長は「自民党も同じで安倍総理も将来的には原発に依存しない方針」だと争点消しに躍起だった。依存はしないがベースロード電源だと詭弁を弄するつもりなのだろう。

自民党議員の多くがホームページなどではクリーンエネルギーの熱心な推進者のような姿勢を見せているがこれも同じ詭弁だ。クリーンエネルギーは推進するが原発はベースロード電源だと。

それと「原発ゼロ」方針はまったく次元の異なる話だ。2030年が2030年代であってもいいのだが、「原発ゼロ」が明確になれば再処理工場の建設に対するスタンスや放射性廃棄物の処理方法なども大きく変わるだろう。大間原発の建設工事は中止せざるを得なくなる。多額の費用を投じてさらなる安全対策を講ずるインセンティブがなくなり、再稼働を見直す電力会社も出て来るだろう。

それに対して自民党原発をベースロード電源と位置づける限り、ずるずると再処理工場の建設に多額の税金が投入され続け、大間原発の建設工事も紆余曲折を経ながらも進行するだろう。

小池新党代表が「原発ゼロ」を強力に発信し、それに引きずられて自民党もベースロード電源から原発ゼロに方針転換しれくれることを期待するだけだ。決して「将来的には原発に依存しない方針」という政権のウソや詭弁に騙されてはならない。

クリーンエネルギー推進で日本に活力を取り戻す

国家の衰退は政治エリートや経済エリートが既得権を守ろうとすることから始まるそうだ(「国家はなぜ衰退するのか」早川書房)。原発はまさにその典型だろう。小池都知事が「しがらみのない」ことを強調するのは、原発政策を念頭に置いているためではないか。民進党もしがらみのため、政党として反原発を掲げることができず、前原代表に解体されてしまった。自民党もしがらみでベースロード電源と位置づけた。もちろん自民党の場合は民進党と違って既得権を守ろうとする原発エリートが多数存在する。

そこを小池代表は突いたわけだ。

私が反原発の立場であるのは、

地震大国の日本では水漏れによる放射能汚染を避けることができない。

②政府の掲げる「核燃料サイクル」が問題を複雑にし、事態を悪化させている

③活力を失いつつある日本にチャレンジ精神の旋風を巻き起こすテーマになり得る。国民にはさらなる節電などの我慢を求めつつ、原発に投じられているヒト・モノ・カネの資源を一定割合、クリーンエネルギーにシフトすることにより、まさに国全体でチャレンジすべきテーマになるのだ。

原発関連のヒト・モノ・カネの資源を福島の復興と原発廃炉に集中する。廃炉ビジネスはロボット技術などを飛躍的に発展させる。アシモ君やペッパー君が現場監督をやり、犬型ロボットやヘビ型ロボットが走り回るようにしないと福島の廃炉は実現できないだろう。

昨年、経済産業省が福島の廃炉費用を20兆円と試算していることが判明した。当初の想定の倍とのことだ。しかし、再処理工場建設の経緯を見るまでもなく、政府や官僚の試算は批判を受けにくいように、ここでは反原発の機運を高めないように、低く都合よく出すのが常だ。予算が通ってしまえば、後は我が世の春で次々と追加予算を引き出し、当初の3倍以上に費用が膨れ上がってしまう。安倍総理が世界に7000億円でやると約束して招致した東京オリンピックが、いつの間にか3兆円以上(今は2兆円以上まで落としたらしいが・・・)に膨れ上がっているのと同じ構図だ。

燃料デブリの実態も取り出したデブリをどこで、どのように処理するのかも決まっていない段階での20兆円はまったくあてにならない数字だろうし、それを大きく上回ることも間違いないだろう。

ひょっとするとその実態の一端でも明らかになると政権はひっくり返るのかもしれない。政権どころか日本がひっくり返るのかもしれない。原発50基の建設と福島の事故は、取り返しのつかないことをやってしまった、あるいは起きてしまったことなのかもしれない。少なくとも東芝は取り返しのつかない原発戦略を採用してしまった。原発について知れば知るほど、その思いが強くなる。

そうならいことを願うしかないわけだが、小池代表が原発ゼロを堅持し、原発関連の情報公開を積極的に進めれば、万が一、小池総理が誕生しても、すべての問題の責任は歴代の政権や自民党にあり、自分にはないと主張できる、かもしれない。